日本訴訟医学会へようこそ

医療と法の真の対話を目指して



■ 医療現場を取り巻く現実

日本の医療は今、構造的な危機に直面しています。
物価の上昇、医療資材の高騰、人件費の増加といった経済的圧力に加え、長年据え置かれている診療報酬は、医療機関の収益基盤を大きく揺るがしています。特に地方の中小病院や診療所では、医療の質を維持しながら経営を続けることが年々困難になっており、地域医療の崩壊という深刻な社会問題にもつながっています。

このような状況の中、医療訴訟というもうひとつの“無視できない負荷”が、医療現場を追い詰めています。


■ 医療訴訟の現状と課題

医療訴訟は、患者と医療提供者の間に生じた不信や疑念が法廷の場で表面化するものです。
近年、医療訴訟の件数は全体として減少傾向にあるものの、一件あたりの訴訟リスクや、訴訟が医療現場に与える心理的・組織的ダメージはむしろ増大しています。

裁判においては、統計的に患者側が敗訴する傾向があるとはいえ、訴えを起こされるだけで医療機関には大きな打撃があります。
診療記録の開示、弁護士や専門家との対応、関係者の聴取、メディアや地域社会からの目など、通常業務とは全く異なる領域への対応を迫られることになります。

さらに、医療訴訟に対する理解が乏しい自治体や病院経営層が、法的根拠を精査しないまま患者側の主張を鵜呑みにし、責任を一方的に認めてしまうようなケースも見られます。これは医療従事者の士気を損ない、結果的に医療の質と安全性を脅かす大きな要因となっています。


■ 医師の視点からの司法への懸念

医療は高度な専門性と判断力を求められる現場です。
患者の状態は常に変化し、教科書通りにはいかないことも多々あります。現場の医師たちは、限られた情報と時間の中で最善の判断を下すべく、日々格闘しています。

しかしながら、こうした医療現場の実態が、司法の判断の中で十分に理解・反映されているとは言い難いのが現状です。
医師であれば、裁判所が下した判断が、医学的には不自然である、あるいは現場の状況を理解していないと感じることも少なくありません。
結果として、「過失の有無」よりも「結果の良し悪し」だけが重視されてしまい、医療現場に萎縮や不信が広がっています。


■ 日本訴訟医学会の使命

こうした課題に真正面から取り組むために、日本訴訟医学会は設立されました。
本学会は、多彩な専門家が集い、以下の目的で活動しています。

【主な活動目的】

  1. 医療訴訟に関する学術的研究・情報提供
     実際の判例を検証し、医学的妥当性と法的判断のギャップを明らかにします。
  2. 医師・医療機関への訴訟対応支援と啓発
     訴訟リスクに備えるための研修・セミナー、マニュアル作成などを行います。
  3. 裁判所・弁護士・自治体などへの医学的知見の提供
     医療の専門家によるアドバイザリーや意見書作成、意見陳述などを通じ、正確な理解を促進します。
  4. 医療と法の対話の場を創出する
     シンポジウムやフォーラムを開催し、医療従事者と法曹関係者の建設的な対話の機会を提供します。
  5. 社会的提言活動
     法制度や政策に対し、現場の声を反映させるための提言を行います。
  6. 資格認定制度
     当会の定める基準を満たした医師に対し、訴訟医学専門医などの資格を認定します。

■ 将来に向けて

日本訴訟医学会は、「誰もが安心して医療を受けられ、医療者も安心して医療を提供できる社会」の実現を目指しています。
私たちは単なる医療者の防衛組織ではありません。医療の現実と司法の理想をどう橋渡しするかを真剣に考える中立・学術的な団体です。

患者と医療者の信頼関係を守るためにも、医学的知見に裏打ちされた公正な法的判断が必要です。そのための学術的、制度的、社会的な土台づくりに、私たちは今後も尽力してまいります。

皆様のご理解とご支援を心よりお願い申し上げます。